大正4年(3陽会)1915年

NO4

《武 陽》
◎對關西學院普通部野球仕合
 八月七日。昨日物の見事に御影師範を零敗せしめたる我が選手は強敵一中を倒したる猛者關西學院普通部と午後三時三十分同院グラウンドに見えぬ。之ぞ即ち縣下野球大會の最優勝戰なり。左に詳細を記さん。

 第一回。菊名、岡本兩氏の審判の元に我軍陣を敷くやボックスに現はれたるは敵の勇将松田と覺えたり。流石の松田も我が名投手今村の前には顔色なく投手にグラウンダーを送りて倒れ熊澤はライナーを二壘手に得られ渡邊も亦二壘にフライに無為。我が軍更に攻む。第一打者田中猛打せしも投手に獲られ藤原は投手ゴロにならず兒島遊撃を衝きしも徒に名をなさしむるのみ。

 第二回。敵近藤遊撃を突いて退き頼廣三壘手を失せしめて出で續く菅井四球を得て走者一二壘に據り大いになすあらんとせしも竹中一壘手にファウルを得られ内海一壘を破らんとせしも村田よく守りてならず頼廣、菅井残壘。我が軍代り攻むるや今村投手ゴロに退き橋本一打左翼を抜かんとせしも近藤よく守り上村は三壘を強襲せしも為すなし。

 第三回。中川哀れ本壘上の露と消えしも次なる松田はゴロを三壘に送り其の失に生き續く熊澤の右翼安打に進壘し右翼手の暴球を投ずるや球は三壘側観覧席に入り其の間に二壘にありし松田猛進して本壘に入り先づ光榮ある最初の一點は彼に奪はれ熊澤は三壘に據りしかば敵の應援隊の欣喜一方ならず。續く渡邊美事なるバントを呈して倒れしも熊澤生還して二點を數ふ。

 近藤投手を襲ひて生きしが頼廣の遊撃ゴロに二壘にフォースアウトされ我軍攻む。奮然立ちたるは好漢箸倉なり。彼の痛烈なる三壘襲撃は壘手を失せしめ且つその暴球に二壘に進み岸本の犠牲打に送られ三壘に進みて本壘を窺ひしも天我に幸せず村田フライを二壘手に得られ田中は投手グラウンダーに退きて絶好のチャンスを失せり。

第四回。兩軍の緊張甚だしく又兩軍の應援益々猛烈になり行きぬ。菅井二壘を衝きしも二中の堅壘破り得ず竹中遊撃越の安打に出でしも後援續かず内海は三振に屠られ仲川は一壘にグラウンダーを得られ竹中残壘。我が軍藤原は二壘ゴロに兒島は投手ゴロに今村は三壘ゴロに何れも倒れて無為。

 第五回。敵の打順は第一打者よりなり。不安の聲は観覧席より頻りに起る。又校舎の二階三階より盛んに應援するあり。彼等知らずや二中選手の腕には若き血潮の巡ぐるを将た其の練磨の跡を。衆望を負ひて立ちたる松田辛くも遊撃手の失に生き熊澤のファウルフライを三壘手に得られたる後渡邊の犠牲球に二壘へ送られしも近藤のPゴロに事終り我が軍代り猛打せしも敵もよく守り橋本は遊撃グラウンダーに上村は三壘ゴロに箸倉も亦遊撃グラウンダーに止む。

 第六回。兩軍益々緊張し應援亦猛烈なり。頼廣二壘にグラウンダーを送り一壘手の失に生きしも續く菅井のPゴロに二壘にフォースアウトされ菅井も亦二壘上に憤死し竹中の遊撃ゴロに無為我が軍攻む。岸本遊撃ゴロに殪れ村田遊撃手にフライを得られ田中内野ヒットに生きしも離壘して一壘に刺さる。

 第七回。我が投手は益々腕冴え來り内海は一壘ゴロに仲川もPゴロに殪れ松田三壘を奪ひて一壘手の失に生きしも熊澤は無惨三振に退く藤原一壘に軟打して其の失に一壘を得しも兒島の二壘グラウンダーにフォースアウトされ今村右翼に安打し頼廣の暴球に走者二三壘に據る而かも一死なり大いに奮はんとせしも橋本三振に屠られ上村三壘グラウンダーに退き天運は容赦なく我を見捨て二度目のチャンスを逃す。

 第八回。何たる快事ぞや敵の強打者を以て任じられたる渡邊、近藤、頼廣の三者悉く今村の為に捻られて本壘に枕を並ぶ。我軍凡打に終る。

 第九回。ラストインニングなり。我が應援隊は熱狂其の極に達し猛烈に應援す。菅井三壘手の失に生き竹中の犠牲球に送られしも内海、仲川凡打して終り我が軍は最後の總攻撃に移る。打順は第一打者よりなり。

 果して田中左翼に絶好の二壘打を飛ばし藤原の犠牲球に共に生きしも進壘を急ぎて本壘に憤死し兒島一二壘間に軟打して生き次ぎにボックスに出でたるは本日の大責任を雙肩に負ひて立ちたる今村なり。而して一死走者二三壘在り。

 観衆は片唾を呑みて投手の投球を見守る應援隊は絶叫す。今や投手より投げ出されたる球
!! 彼長棍一打戞然として音あり熱球は砂を噛んで中堅に絶好のタイムリーヒットたり。我が應援の歡喜譬ふるに言なく、得たりと計り藤原、兒島の二騎脱兎の如く驀進して本壘に入り茲に同點となる續く橋本遊撃ゴロに死せしも一壘手球を持ちたる侭狼狽時を見るに敏なる今村隙かさず本壘に向へば一壘手本壘に投じたるその間一髪今村辷り込んで貴重なる最後の一點を得かくして月桂冠は我に落ち光榮ある優勝旗は大阪朝日新聞神戸通信部長遠藤麟太郎氏より授けられ主将田中之を受け記念撮影をなし選手一同を先頭に應援隊は校歌を奏して戰場を引揚げぬ。
各選手の成績左の如し。

▽優勝戰
 關學普通部 020 000 000=2
  神戸二中 000 000 003=3
 

       打安三四補刺得
 〔二中軍〕 撃
       數打振球殺殺點
 6 田 中 4200250
 9 藤 原 4100001
 7 兒 島 4100001
 1 今 村 4200
1301
 2 橋 本 3010060
 5 上 村 3000010
 8 箸 倉 3000000
 4 岸 本 3000220
 3 村 田 30000
13
   合計 
316101727

 〔關普軍〕
 3 松 田 40001
18
 8 熊 澤 3110001
 2 渡 邊 3010020
 7 近 藤 3010010
 1 頼 廣 3010800
 9 菅 井 3001000
 6 竹 中 4100720
 5 内 海 3010410
 4 中 川 3010120
   合計 
292612126 

〈朝日新聞〉
【神戸二中優勝】
大正4年8月7日(土)午後3時開始 關西學院 (審判)菊名(球)岡本榮(壘)
▽決勝戰
  關學中 020 000 000=2
 神戸二中 000 000 003=3
 

 〔關 西〕   〔二 中〕
 3 松 田   6 田 中
 8 熊 澤   9 藤 原
 2 渡 邊   7 兒 島
 7 近 藤   1 今 村
 1 頼 廣   2 橋 本
 9 菅 井   5 上 村
 6 竹 中   8 箸 倉
 5 内 海   4 岸 本
 4 中 川   3 村 田
 

     失四三盗安得打       失四三盗安得打
     策球振壘打點数       策球振壘打點數           
(関西) 516222
33   (二中) 90114331
      今今            頼頼
      村村            廣廣
 

〔戰評〕1回 双方三者凡打、2回關西一死の後頼廣三壘の失に生き菅井四球に出で竹中ファウル飛球を一壘に得られたれども頼廣素早く三壘を盗み好機至れりと思ふ間もあらず内海一壘に凡打して止む、二中猶三者凡打、一壘を踏まず

 3回 關西一死の後松田三壘の失に出で熊澤右翼に安打すればバウンド横にそれ右翼手狼狽して二壘に投ぜしも二壘又逸し球は遠く觀覧席に入り松田生還、熊澤は忽ち三壘に據り次いで渡邊の犠打に還り後續振はざりしも關西は先づ2點を占む。

 二中箸倉三壘を襲ひ一壘への暴投に依って二壘を占め岸本の犠牲球に送られ好機を迎へしも村田二壘に飛球を打上げ田中投手にゴロを呈して空しく終る。

 4回 關西二死後走者二壘に據りしも無為二中又無為、5、6回共に空しく7回に入る。二中藤原一壘を誤らしめて出て兒島の遊撃ゴロにフォースアウトとなりしも今村中堅に安打し次いで頼廣の暴球に走者忽ち三、二壘に據る、而も一死絶好のチャンスなり、されど橋本三振し上村三壘ゴロを送って好機空しく逸す。

 8回 關西三、四、五の強打者悉く今村のために捻られて三振、二中又依然として振はず最後の9回となる。

 關西一死走者三壘に來りしも後續飛球に倒れ二中代って最後の攻撃に立つ、打順は第一打者なり果して田中左翼に二壘打を飛ばし藤原の犠打に共に生きしに無謀にも田中一挙本壘を衝いて刺さる、
 實に惜しむべきアウトなり、されど兒島一二壘間に緩いゴロを呈して生き今村再び中堅に絶好のタイムリーヒットを飛ばし藤原、兒島一挙生還忽ち同點となりしかば滿場熱狂する時橋本遊撃ゴロ二死せしも一壘球を持ちたる侭如何にしけん今村の本壘に疾走するを知らず漸く驚いて本壘に投じたる間一髪今村辷り込んで生還となり一擧3點を得即ち1點勝越しとなり3A対2のスコアーを以て神戸二中の勝利に帰した。
 

〔試合経過〕
△第一回 關西、松田投手ゴロに仆れ熊澤二壘にライナーして得られ渡邊二壘飛球に死して代る二中田中、藤原共に投手グランダーに死し兒島遊撃ゴロに止む。

△第二回 關西一死の後頼廣熱球に三壘を抜いて出で菅井四球に送られ竹中ファウルを一壘の後に送るや頼廣其隙に乗じて三壘を奪ひしも内海一壘に匍球を致して倒れ點を為すに至らず二中代って三者凡打に終る

△第三回 關西一死の後松田三壘をグラウンダーに過らしめて出で熊澤の二壘後の安打に二壘に及び壘手其三壘を盗奪するを刺さんと悪球を投じてパスボールとなるや松田本壘に驀進先づ最初の一點を擧げ熊澤此間又三壘に入る、

 次で出でし渡邊老巧竊に走者とサインを交して一壘線に輕妙なるバントを致し身を犠牲に殺して更に熊澤を入れ關軍の得點二を數ふ、意氣大に昂る二中代って攻め箸倉劈頭シャウトヒットを三壘に送って出で岸本犠牲に殪ふれて走者を三壘に送りしも村田二壘飛球に退き田中投手ゴロに死して惜しくも際會せる好機を逸し去る

△第四回 關西一死の後竹中遊撃三壘間に安打して出で二壘を盗みしも後續凡死して二中と代り藤原二壘ゴロに死し兒島投手ゴロ今村三壘ゴロに壘を踏ましめず

△第五回 關西打順始めに還り松田遊撃の失に出で好機湧かんとせしも後援續かず、二中軍代って攻め橋本遊撃に強ゴロ、上村三壘にグラウンダーを送って空しく竹中、内海に功を収めしめ箸倉亦凡打に無為

△第六回 關西頼廣二壘にゴロを致し一壘の失に生きしも菅井の投手ゴロに二壘に刺され竹中の投手ゴロは菅井と共に併殺の厄に遭う、二中代って三者凡死す

△第七回 關西無為にして二中と代り藤原戞然として強ゴロを一壘に打飛して其失に生き強打後に連續するあり實に好機逸すべからざるの時に會す、兒島先づ遊撃にゴロを飛ばして藤田を二壘にフォースせしも今村中堅安打に出で頼廣のワイルドスロウに一死二三壘に走者を置きしも橋本三振の醜を演じ上村三壘ゴロに仆れて

△第八回に入り關軍の強打渡邊、近藤、頼廣の三者枕を並べて今村に弄殺さる、二中代って箸倉遊撃フライに仆れ岸本投手越の殆ど安打に近き強匍を放ちしも竹中美事にファインプレーを演じ村田三壘飛球に死す、斯くして愈最終の九回に入る

△第九回 關西の小冠者菅井熱球に三壘を抜いて一擧二壘を奪ひ竹中の犠牲打に送られて機を狙ひしも内海遊撃フライ、中川遊撃直球に點を増さず、二中最終の攻撃にして打順亦第一に在り田中奮然として左翼の頭上に安打を放ち一擧二壘打となり藤原のバントに長驅本壘に猪突して仆れ兒島一壘の失に生き藤原三壘に進む、

 時に今村滿身の力を長棍に篭めて打って放てば球は火の如きグラウンダーとなって遥に中堅に及び藤原、兒島相次で入り橋本遊撃にゴロを致して二死となりしを松田走者の三壘に在るを忘れ球を握って呆然たる隙に今村本壘に殺到して得點三を數え結局三プラスA對二を以て二中軍優勝し光榮ある優勝旗は武陵九健兒の掌中に歸したり

 時に五時を過ぐる事十五分、終って遠藤當通信部主任は紫紺絢爛の優勝旗及び銀牌天清園寄贈の花環を滿場の拍手の裡にキャプテン田中に送り盛會のうちに散会せり