《武 陽》
◇四度び育英軍を蹴破す(十月十九日)
好敵一中を撃破して意氣軒昂たる我軍は此の日又も新鋭育英軍と會戰することゝなれり。既に三戰三敗せる彼も今度こそはと何事をか劃せるものゝ如し。
午後三時廿五分、關西學院の近藤、粟田兩氏審判の下に敵軍先攻して戰端を開きぬ。
第一回。荒川劈頭長振して飛球を島田に捧げ、工藤亦盛んに振って三振す。上村四球、二壘盗奪。中川又四球。されど山津三振して無為。山脇の遊撃ゴロ、復活せる上村先づ失す。西村三壘深上にバントして内野安打せば、山脇長驅三壘に走って一壘よりの投球に刺さる。西村盗壘を企てゝ二壘手の捕手よりの球を逸するに乗じて其の侭快走三壘を略取せしも、續く渡邊、島田相並んで三振す。
第二回。尾崎三振。安田投匍。辻三振。我軍目覺しき攻撃は俄然展開されたり。有馬先頭に一壘々上を抜く快打を放って二壘を盗み、四球の北澤と謀って見事なるダブルスティールに成功三壘に進む。重成の死後木村投匍すれば山津取って本壘に投ずるも及ばず、有馬巧に滑って得點す。
長大の彼が躰躯に似氣なき奮闘振り誠に當日の異彩たらずんばあらず。其の間に北澤、木村三二壘に迫って後援を待てば、確實なる野澤さらばと起って痛快なる適時安打に二壘を破り兩騎を本壘に還らしむ。堂々たるものなり。一擧に二壘に走って殺されたるは惜し。山脇再び遊撃を過らしめて出で二壘を盗めば、西村又もや三壘に内野安打を送り、山脇を三壘に送って二壘をスティールせしも、渡邊再度の三振を喫して退く。
第三回。稻田四球に出壘すれば、荒川のバント渡邊取って二壘に投ずるも野手選擇となって兩者生き、更に續く工藤のバントに進壘す。絶好のチャンスは敵軍をも襲へるなり。されどティームワークの缺陥は一點をも得る能はず、即ち稻田、上村とスクヰーズを謀って突進するも上村唯棒立ちするのみ、忽ち稻田三本間に挟み撃たれて重成にタッチされ、荒川三壘に至るも上村の三遊間の強匍、山脇飛込み様掴んで一壘に殺す。
蓋し眞に鐵桶の名に背かず。島田投匍の後、有馬二壘を強襲し尾崎の大過に二壘を得るや、再び四球を選べる北澤と共に再び鮮かなるダブルスティールを敢行して我軍を湧き立たしめ、重成の遊匍に倒るゝ間に得意に生還す。木村遊撃直球。
第四回。中川三振すれば、山津、尾崎連續して西村を衝き其の好守に退けらる。野澤劈頭再度のシングルを右翼に放つ。山脇大きく振って三振の後西村起つや捕逸に野澤二壘に進みしも、西村の三壘匍球に走り出て二壘に刺され、渡邊スッカリ敵が投捕に飲み込まれしか三度三振し終る。
第五回。安田の二壘匍球、野澤の足、壘より一寸離れし為め一壘に生く。辻バントせしもイリガリバッテドボールに死し、安田、渡邊のボークに二壘を得しも稻田三壘邪飛球、荒川Pゴロ。島田今度は好打せしも遊撃の好守に生きず。有馬喝采裡に起ち二壘の後方に安打す。彼が得意の盗壘又開始されんかと好奇の眼を見張りしも北澤二壘に匍球せし為め二壘にフォースされ、北澤スティールに成功せしも重成三振に斃れて無為。
第六回。工藤、渡邊を失策せしめしも、上村の好き當りの匍球山脇の前に飛んでは更に威力なし忽ち二壘に強殺され、次いで中川の強殺遊撃に至るや、重成素速く取って西村に渡して上村をフォースアウトし、返す刄に西村、野澤に轉送して中川をも刺す。見事なるダブルプレーは鮮かにも成功、滿場拍手して好守備を讃嘆す。木村投匍。野澤遂に三振。山脇右野に巧妙のヒットを放ち二壘を盗奪せしが、西村遊匍に倒れて止む。
第七回。敵軍勇を振って最後の攻撃をとりしが、尾崎唯一の安打を右翼に打ちしのみ、山津三振し、安田二匍して尾崎を二壘にフォースアウトし、辻最後に投手匍球に斃れて遂にノーラン。五時閉戰。
我軍本年に入りて茲に四度び育英軍を蹴破す。育英強なれども今少し打撃方面に力を注ぐにあらざれば勝利は到底期すること能はざるべし。好敵幸に猛奮あれ。
育英商業000 000 0=0
神戸二中031 000 X=4
打安得盗三四刺捕失残
〔二 中〕
數打點壘振球殺殺策壘
5 山 脇 4102101302
4 西 村 4202002503
1 渡 邊 3000300410
9 島 田 3000101000
2 有 馬 3223007100
8 北 澤 1013020002
6 重 成 3000102100
7 木 村 3010000000
3 野 澤 3200108010
合計 27741072211427
〔育 英〕
2 荒 川 2000007101
3 工 藤 2000105100
6 上 村 2001012321
5 中 川 2000112101
1 山 津 3000200200
4 尾 崎 3100102120
7 安 田 3000000002
8 辻 3000100000
9 稻 田 1000010000
合計 211016318945
▲犠牲打=荒川、工藤 ▲重殺=重成、西村、野澤 ▲逸球=荒川 ▲ボーク=渡邊
〈神戸又新日報〉
大正7年10月20日(日)東遊園地 午後2時開始 4時45閉戰
審判(球)加藤(壘)吉田
▽優勝戰
關學中學部 201 000 000=3
神戸二中 103 000 00A=4
〔關學中〕 〔二 中〕
8 岡 田 5 山 脇
4 石 原 4 西 村
1 内 海 9 島 田
6 加 藤 1 渡 邊
5 澤 2 有 馬
7 沼 田 3 野 澤
3 根 岸 6 重 成
9 北 村 8 北 澤
2 松 本 1 松 本
盗失四犠三安打 盗失四犠三安打
死牲 死牲
壘策球球振打數 壘策球球振打數
54428533 55415226
〔評〕關學中學部は1回一死後石原が三ゴロ失に一擧二壘を陥れ、内海の遊撃失で三進、内海二盗して二、三壘。二死後澤の投ゴロ失で二者生還、幸先いいスタート。しかし、その裏二中は1點をかえし波瀾含みの感じ。
關學中學部は3回1點を加え差を広げる。二中は間髪を入れず一死滿壘の好機を築き逆轉に結び付けた。まず捕手の失策で1點、有馬の右中間安打で1點を勝ち越した。その後、兩軍とも點が取れず4−3、最少得點差で二中が勝利を握った。關學中學部の敗因は守備の破綻にあった。
〔経過〕
▲第一回。關西先攻、岡田遊撃直球に斃れしも石原の三匍三壘一壘に暴投して石原二壘を得續く内海遊撃を誤らせて出で石原三壘に進む、内海二壘を盗み加藤の遊匍に石原本壘を狙って刺されしも澤の投匍投手失して内海、加藤生還、二點を擧ぐ、井上三振して止む。
△二中山脇四球に出て投手の一壘暴球に二壘を奪ふ、西村の投匍に山脇三壘に刺されしも西村二壘を踏み投手のワイルドフライに更に三壘に進み此の時島田の絶好の犠牲球に西村生還、同點となる、渡邊三振して止む。(關西二、二中一)
▲第二回。關西沼田右翼安打に出でしも根岸投飛に北村一匍に倒れ沼田三壘盗壘に失敗して止む。
△二中有馬二匍に倒れ野澤四球に出でしも重成の三匍に二壘に詰殺され重成壘手の一壘暴投に二壘を得しも木村の三壘飛球に止む。(關西二、二中一)
▲第三回。關西石原投失に出、内海バントに出で石原、内海一二壘に據る、續く加藤の犠牲バントに兩者進壘、澤亦犠牲バントを放ちて石原生還、井上ファウルを捕手に獲られて止む。
△二中北澤四球に出で二壘を盗壘せるも山脇の投匍投手に謀れて倒れ山脇又二壘に進む、島田の投匍三壘手、投手の球を逸して一死滿壘となる、渡邊一壘飛球に倒れしも捕手の失策に山脇生還、續く有馬の中右間の安打に島田生還一點を勝ち越す、有馬二壘を奪はんとして倒れて止む。(關西三、二中四)
▲第四回。關西沼田中堅安打に出で松本二壘飛球に倒れ北村四球に岡田遊失に出で二死滿壘となりしも石原三振して無為。
△二中野澤遊匍に倒れ重成左翼安打に出でしも木村の遊匍に詰殺され北澤左翼飛球に斃れて止む。(關西三、二中四)
▲第五回。關西内海遊匍に倒れ加藤三振、澤投匍に倒れて止む。
△二中山脇三匍に倒れ西村三塁失に出づ島田三振、西村二三壘を盗壘し好機ありしも渡邊一壘匍球に死して止む。(關西三、二中四)
▲第六回。關西井上右翼飛球に沼田投匍に倒れ二死後松本左翼安打に出で二壘を盗み北村四球に出で岡田の左翼安打に滿壘となりしも石原投匍に倒れて止む。
△二中有馬二壘飛球に野澤三匍に重成投匍に倒れて止む。(關西三、二中四)
▲第七回。關西内海三壘匍に加藤、澤三振して止む。
△二中木村遊匍に倒れ北澤三振、山脇二匍に倒れて止む。(關西三、二中四)
▲第八回。關西井上、沼田兩者三振、松本四球に出で二壘盗壘(澤代走)北村遊撃直球に斃れて止む。
△二中西村三振、島田中堅飛球に渡邊三振して止む。(關西三、二中四)
▲第九回。關西最後の攻撃なり、岡田必死の氣を以て立ちしも二匍に倒れ石原一壘失に出で二壘を盗壘せしも内海空しく三振し石原三壘を奪はんとして刺され關西最後の熱闘も効なく四A對三にて二中の勝利に帰せり、午後四時五十分。
〔概評〕關中と二中の接戰は誰が見ても關中に七分の勝味の有る事は明らかであったが、戰闘の結果は意外にも新進氣鋭の二中が常勝軍の關軍を斃す事となった。此日關軍の敗因は關軍の名投手内海が東京遠征以来の肩が未だ癒らぬ為め獨特の魔球を弄する事が出来ずコントロールさえ違算を生じて肝腎な處で例の峻烈なカーブのストライクを出す事が出来なかったのと關中が餘りに焦り過ぎて近來にないエラーの續出を遣った為めで、北村捕手と澤三壘手の失策が特に大きなものであった。
之れに反し二中の渡邊投手は此日は確かに實力以上の怪腕を發揮しアンダースローのアウトドロップの如きが幾度び關軍の戰士を無為に終らしめたか知れない。而も内海、松本等の強打者に對しては出来得る限り難球を投じて假し四球を出すとも安打を打たすまいとした苦心は買って遣らねばならぬ。
關中の敗辱は固より實力の結果では無く、二中の精氣と關中の嬌憂とが斯様な悲惨事を招いたのであるが、二中軍の渡邊、有馬、島田等の戰功に至っては確かに特筆すべき価値がある。
▲嬉し涙の應援團
◇勝!二中軍狂喜す◇
◇午後正二時、愈學校團の優勝試合が始まる、令名全國に冠たる關中軍と新進の強チーム二中軍との興味ある對抗戰である、關中の水際立ったスタイル、二中の猛烈な練習振り、審判官がプレーを宣告すると場の周囲を十重二十に圍繞した、觀衆は滿腔の期待を持って一斎に拍手之を迎へる
◇試合は關學中の先攻に依って華々しく開始されたが、第一回の表に關中先づ二點を収めて萬丈の氣を吐く、招待席に立った上品な束髪の一婦人、子息から種々ゲームの説明を聞き『フンフンあれが内海ですか、彼歴(あんな)に手を振って肩が痛くなるでせうね』と云ふ、
大會中毎日顔を見せた髭の紳士『内海の球は打てぬものと云ふ先入主があるから二中の打者は駄目ですよ』と最初は大分武陽軍の旗色が悪かったが突如、第二回に一點を入れ第三回戰の裏に於て敵軍の失策に乗じ一擧三點を手中に収め得た大番狂はせ!大番狂はせ!!
◇二中の應援團は嬉し泪を浮かべて狂氣の如く騒ぎ立て弱者に同情を寄せる見物は二中の為めに雷霆の如く歡呼を浴びせ暫時は鳴りも歇まず、之に對し關中軍は二回戰に再び一點を収め尚大いに謀略を繞らせ滿壘其他の好機に數度も遭遇したが遂に戰ひ利なく始め晧歯を剥き出して微笑し續けて居た投手内海の顔は次第に殺氣立って来る
◇續く四回、五回、六回、何れも兩軍無為にして最後の終了戰に達する迄最も緊張した白熱戰を繼續し度々危機好機に出逢ひ乍ら遂に兩軍得點無く四A對三にて二中の勝利となる。而も武陽軍の勝は敵の失に乗じた奇勝で守備、攻撃共に關中軍に一日の長がある事は衆目の等しく肯定する所であった
◇斯くて二中チームに對し優勝旗の授與があり記念の撮影後夕靄大會場を罩むる六時前、沸き返った觀衆は半ば酔ひ心地に四散するのであった。
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