《武 陽》
◎對甲陽中學戰
昭和8年4月23日(日)明石公園
開始午後2時40分 審判・金政(球)原(壘)
▽3回戰
甲陽中學 201 021 020=8
神戸二中 300 220 000=7
〔甲 陽〕 打得安犠盗三四失残
8 眞 島 421001211
4 富 松 622001001
6 網 谷 321001220
2 梶 村 502020003
1 今 井 502001000
5 橋 村 401000101
3 岸 502001032
7 菊 地 501000003
9 尾 村 523001011
計 428150265712
〔二 中〕 打得安犠盗三四失残
6 池 田 310001231
4 梶 井 511000010
3 山 脇 321030101
1 野 田 200001100
2 名 倉 110102010
8 松 村 310002100
5 中 内 412000001
9 若 原 300012101
7 能 勢 400000010
計 2874148664
△二壘打=山脇、網谷、梶村 △三壘打=中内 △併殺=梶井−池田−山脇、
野田−名倉−山脇 △野選=梶井
第一回(甲陽)(二)眞島四球、富松三振、網谷死球、梶村の遊匍に走者二三壘の時、今井中前に快打し二者生還、續く橋本の二壘強襲ゴロを梶井よく掴み今井を二壘に橋本を一壘に重殺。
(二中)(三)池田一匍失に出で梶井一、二壘間を抜くヒットを放てば右翼手之を後逸する間に池田長驅ホームイン、梶井も三壘を占め續く山脇第一球を痛打して左翼オーバーの二壘打となし梶井生還、野田の二匍に山脇三壘に進み續く名倉とのスクイズは一壘線上の絶好のバントとなり山脇勇躍本壘を陥れ松村の三振に終りしも二中三點を擧げ一點をリードす。
第二回(甲陽)(零)無為。
(二中)(零)無為。
第三回(甲陽)(一)眞島三振、富松遊匍失、網谷左翼に二壘打し走者二三壘、梶村の二匍は野選となり富松生還、今井の遊匍に網谷本壘をつき池田の好送球に刺さる。今井二盗ならずチェンジとなりしも一點を入れ同點となる。
(二中)(零)池田三振、梶井の遊匍は一壘手落球に生きしも山脇の三匍に封殺、山脇二壘三壘を巧に連盗せしも野田四球に出で二盗を企て捕手よりの好送球に刺さる。
第四回(甲陽)(零)菊地、尾村の安打ありしも二中の好守に入らず。
(二中)(二)名倉遊匍失に出で松村三振後中内右中間に三壘打を放ち名倉生還、若原四球を選び二盗、走者二、三壘の時、能勢とのスクイズは一壘線に沿ふバントとなり中内生還、池田四球、梶井二飛に終りしも堂々二點をリードす。
第五回(甲陽)(二)富松安打し網谷四球の時、梶村中堅右に安打し富松生還、網谷も捕失に還り、今井三振、橋本の遊匍を池田よく掴み梶村にタッチアウト、岸三振に終りしもこの回再度同點となる。
(二中)(二)山脇の遊匍は遊撃手一壘に暴投し二進、名倉三振後山脇三盗に成功し走者一、三壘の時中内第一球を再度三壘打し二者勇躍生還、若原投匍せしも二點をあげ再び二點をリードす。
第六回(甲陽)(一)菊地遊匍、尾村中堅に安打し眞島中飛、續く富松左翼ライン上に好打すれば駿足能勢之を直接にグラブに収めんとして前進せしも僅に及ばず後逸し尾村生還、富松三進、網谷遊匍。
(二中)(零)能勢三匍、池田四球、梶井二飛の時、池田投手のモーションを盗み二盗を試みしも老巧今井之を二壘に刺す。
第七回。兩軍三者凡退しラッキーセブン遂に無為に終る。
第八回(甲陽)(二)尾村、眞島共に安打に出で富松中飛、網谷三振の時捕手一壘に牽制する間に尾村三壘を衝き山脇の好送球にアウトかと思はれしが一瞬間に合はずセーフとなり、この間眞島二壘に至る、續く梶村左中間に好打し能勢、松村共にバックせしも僅に及ばず遂に二壘打となり二者生還、今井の遊匍に終りしも甲陽二點をあげて形勢逆轉す。
(二中)三者凡退。
第九回(甲陽)(零)橋本ヒット、岸右中間に痛打せしも、松村よく止め安打となし菊地遊匍失で滿壘の時、尾村の投手足下の強ゴロは野田よく掴み橋本を本壘に、尾村を一壘に刺し、再度のダブルプレーを演ず、眞島四球、富松中飛。
(二中)(零)奮然攻撃に入り能勢快打せしも遊撃正面をつきアウト、池田投匍、梶井第二球を打てば二壘右の強ゴロとなり、ヒットかと思はれたが富松よく掴み、梶井を一壘寸前に刺し、ゲームセットとなり、八−七にて二中惜敗す。
〔後記〕戰もはや三回戰クォーターファイナルに入り、相手に取っても不足なき甲陽。戰は白熱と考へられたが豫想はシードされてゐるだけに甲陽に幾分勝味が多かった。然し我も武陽健兒容易に軍門に下る筈が無い。
果せるかな試合は最初から波亂に波亂を重ねた。シーソーゲーム、火花を散らして戰ったが遂に一點の差で惜しくも二中は退いた。甲陽の投手今井は球速にもカーヴにも整った投手ではあるが憾むらくはそのカーヴは千遍一律のドロップ専用に止まって、コースにも球速にも何等の變化なく無策に過ぎた。
其の上背後の守備は案外もろく一壘手等は形をなしてゐなかった。二中は前半中内の二回に渡るタイムリーヒットや、山脇の巧なる盗壘に着々點を重ねたが、後半は全く不振だったのに對し、甲陽は野田の直球を狙ひ打って三、四、五番等のバッターが快打をとばし、高潮の八回には二中前進守備の裏をかいて梶村の一打は遠く左翼に飛び能勢懸命のバックも及ばず二壘打となって二者生還し形勢逆轉、九回にも無死滿壘の危機に臨みながらも尾村の一撃は投手正面をついて併殺となり、危く得點を免れた。
野球もかうなればまさに運一つである。兩軍の間に多大の差が有るとは考へられない。只攻撃力の幾分か優った甲陽が勝っただけの事である。二中又よくがんばったと言はずばなるまい。
春の野田投手は實に不調であった。ピッチングが不足だったとは云へば或はさうかも知れない。この試合に於ける二中のスクイズの見事さは今井がウエストする隙もなく觀衆を唖然たらしめた。スクイズは消極的戰法として嫌ふ者が多々ある時一考を要する事である。
〈神戸新聞〉
昭和8年4月23日(日)明石公園
午後2時40分=5時 審判・金政(球)原(壘)
▽3回戰
甲陽中學 201 021 020=8
神戸二中 300 220 00007
〔甲 陽〕 〔二 中〕
8 眞 島 42打數30 6 池 田
4 富 松 8得點7 4 梶 井
3 網 谷 16安打4 3 山 脇
2 梶 村 0犠打2 1 野 田
1 今 井 2盗塁4 2 名 倉
5 今 橋 6三振8 8 松 村
3 岸 5四球6 5 中 内
7 菊 池 12残塁4 9 若 原
9 尾 村 8失策3 7 能 勢
〔二壘打〕網谷、梶村2、山脇〔三壘打〕富松、中内〔試合時間〕二時間二十分
〔第一回〕甲陽、眞島四球、富松三振、網谷死球、梶村の遊匍を二壘手落し一死滿壘となり今井二壘上を抜く安打に眞島、網谷生還、今橋の二匍で今井を併刺。
▲二中、池田一匍失に生き梶井の二匍は壘手、右翼手共にトンネルして池田生還、續く山脇は左越二壘打を戞飛ばし梶井生還、野田二匍、名倉スクイズで山脇を還へし三點を獲得、松村三振。
〔第二回〕兩軍三者凡退。
〔第三回〕甲陽、一死後富松遊匍失、網谷左越二壘打、梶村の二壘ゴロで富松生還、今井の遊ゴロで網谷本壘を衝いたが刺され今井二盗ならず。
▲二中、小波瀾あったが無為。
〔第四回〕甲陽、二死後菊池三遊安打、尾村右前安打に出たが眞島二匍。
▲二中、名倉遊匍一壘低投に生き松村三振後中内の中前安打は野手失して三壘打となり名倉生還、若原四球、能勢の投匍で中内も生還、池田四球、梶井捕邪飛。
〔第五回〕甲陽、富松右前安打、網谷四球、梶村の左前二打で富松生還。捕逸に網谷も生還、今井三振、今橋の遊匍で梶村三本間挟殺、岸三振したが此回二點を加へ又も同點となる。
▲二中、山脇遊匍一壘悪投に生き二死後松村四球、中内の右中間三壘打で二者生還、若原投飛。
〔第六回〕甲陽、一死後尾村中前安打、眞島中飛の後富松左前三壘打を飛ばして尾村生還、網谷遊匍。
▲二中、凡退。
〔第七回〕兩軍無為。
〔第八回〕甲陽、尾村二横安打、眞島遊越安打に出で二死後梶村左中間二壘打で二者生還、今井遊匍に終ったが二點を得て形勢逆轉す。
▲二中、三者凡退。
〔第九回〕甲陽、今橋三遊間中前、菊池投横に續け様に安打を放って無死滿壘となったが尾村の投匍は今橋を併殺、眞島四球、富松中飛。
▲二中、最後の攻撃に移ったが能勢遊匍、池田投匍、梶井三匍に萬事休しシーソーゲームを演じ八對七で甲陽辛勝す。
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