平成14年(90陽会)2002年

NO4

平成14年8月23日(金) 神戸弘陵
▽敗者復活2回戦
 県兵庫 110 000 010=3
 夢野台 300 000 03×=6

 〔県兵庫〕 打 安 点   〔夢野台〕 打 安 点
 C 永 野 4 1 0   C 高 倉 4 0 0
 D 久 米 4 1 0   G 今 井 3 0 0
 A 中 原 3 0 0   A 尻 池 4 2 1
 F 武 藤 3 1 0   B 芝 池 4 3 2
 @ 田 村 4 1 0   @ 籾 井 4 1 1
 E 若 林 3 0 1   E 森 下 4 1 2
 H 桜 間 2 0 0   H 魚 谷 4 0 0
 3 沼 本 0 0 0   D 南 部 2 0 0
 H 中 西 1 0 0   F 坂 東 3 0 0
 3 酒 井 0 0 0
 H 増 田 1 0 0
 B 田 中 0 0 0
 H8 杠  3 0 0
 G9小 田 3 0 0
    計  31 4 1      計  32 7 2

 ▽三塁打=尻池、籾井 ▽二塁打=田村、芝池、若林、武藤

(兵)6 5 1 0 2 6 0
   振 球 犠 盗 失 残 併
(兵)6 2 1 0 1 4 0

県兵庫、8回致命的3失点
〔評〕県兵庫は1回二死一、二塁から田村が中越え二塁打を放って幸先良いスタートを切った。なお若林四球で二死満塁の好機が続いたが、桜間が凡退して最少得点にとどまった。

 その裏夢野台は一死後四球、尻池の右中間三塁打であっさり同点、芝池の左前適時打で逆転、さらに籾井が中越えに三塁打してこの回3点を奪った。

◎…2回県兵庫は四球、バント、安打で1点差に迫った。3回から7回まで両軍とも無得点、1点を巡っての攻防が続いた。

◎…8回、県兵庫は若林の右翼二塁打でやっと同点に追いついたが、その直後決定的な3点を失った。夢野台は8回一死後、敵失をきっかけに尻池、芝池が連安打、森下の右前適時打でとどめを刺した。失策がきっかけとなり致命的な得点を許した県兵庫にとっては悔いが残る敗戦といえよう。

〔90陽会〕平成15年卒
 余田 宏章  投手
 西条 広晃  捕手
 岩崎 利紀  一塁
 吉村 俊哉  一塁
 片岡 幸治  二塁
 勝  庸一  
 前川  亮  三塁
 下浦 彰仁  遊撃
 庄田 佳生  右翼
 坂口 隆広  左翼
 芝  裕祐  中堅
 横山 大祐  中堅
 楜桃田哲也
 森  久之  右翼
 

☆思い出☆
   90陽会主将 岩崎 利紀

 100周年お喜び申し上げます。今年で100周年を迎える兵庫高校野球部の一員だったことを誇りに思います。

 早いもので卒業してから4年がたちます。とはいうもののつい最近まで高校に通っていたように感じます。私たちは3年間を通してあまり良い結果を残すことができませんでしたが、全員で楽しみながら野球に取り組むことができていたと思います。

 みんなが苦しい時でも声をたやすことなく誰かが声を出すなど、日々みんな笑顔でとても楽しい雰囲気で練習をしていました。夏場暑い日や厳しい練習のときでもみんなで励まし含いながら頑張っていたからこそ最後までやり抜くことができたのではないかと思います。また、大会の前などは朝早く来て練習をしたり、練習後も個人の課題に向けてお互いにアドバイスしながら自主練をしてみんなで一緒に汗を流していました。

 そして、公式戦で負けたときには悔しくてなかなか家に帰ることができず、誰が言い出したわけでもなく友達の家に集まっていました。そこで気持ちが落ち着くまで試合の反省やこれからの話をしていたことはとても印象的です。その後の練習では次の大会に向けてさらに意気込んで練習に取り組んでいました。

 その他にもいろいろなことがありましたが、そのような時間を過ごすことで野球の楽しさを再確認することができました。先生方、父兄の皆様、マネージャー、支援して下さった皆様に感謝しています。

 私たち55回生は今年から就職する人、また進学する人など様々ですが、それぞれの場で頑張っています。みんな忙しく最近はなかなか全員が集まるということは難しいですが、またみんなで食事をしたり、OB戦にも参加したいと思っています。
 今後とも兵庫高校、兵庫高校野球部のますますのご活躍を願っています。