大正3年(1陽会)1914年

NO6

〈神戸又新日報〉
[第2回扇港野球大会]

大正3年
1122日(日)東遊園地  審判 萬代、松田
午前8時
25分開始 9時50分閉戦
  神戸二中 000 020 0=2
 關學高等部 140 000 X=5
 

 〔關 西〕      〔二 中〕
 7 福 嶋      6 田 中
 6 松 岡      2 松 本
 1 三 木      8 今 村
 2 杉 山      5 宮 岡
 8 小 寺      1 岡 本
 9 大 山      9 久 米
 3  西       3 天 野
 5 萩 原      4 今 井
 4 桝 田      7 橋 本
 

得盗刺犠失安四三打   得盗刺犠失安四三打
   牲 全死        牲 全死
點壘殺球策打球振撃   點壘殺球策球球振撃
51
221253627   22190413723 

〔評〕關學高等部は1回杉山が左前打、これを左翼手が後逸する間に松岡が生還して先行。2回にも大山の左翼安打、敵失、四球などで2点、さらに三木の左翼二壘打で桝田、松岡が生還して5−0とリード。
 神戸二中は5回敵失で2点を返したが、三木投手を打てず完敗した。

〔試合経過〕
▼第一試合は午前八時二十五分より開始、二中軍田中三壘に飛球を獲られ松本四球に出で、今村飛球を送りしも中堅に名を為さしめ今村二壘を盗まんとして刺殺さる、關西軍福嶋三壘に強球を送りしも二壘に刺され松岡三壘を襲ひて出で三木二壘の右に好安打を送り杉山左翼にグランダーを送り左翼の逸したる隙に松岡生還、小寺三振し三木三壘を盗まんとして刺さる。

▼第二回 二中軍宮岡三振、岡本三壘に大飛球を得られ久米三振、關西軍大山左翼に安打し西三壘を襲しも三壘之を二壘に投じて大山刺さる、萩原四球、桝田遊撃を過らしめ、西勇躍して生還、福嶋三振、松岡三壘を襲ひ萩原生還、三木の左翼ツーベースヒットに桝田、松岡生還し、杉山三振して止む。

▼第三回 二中軍天野左翼飛球を獲られ今井、橋本三振して為すなし、關西軍小寺の遊撃打為すなく大山三振、西の三振一壘に生き萩原四球に出で桝田中堅に飛球を獲らる。

▼第四回 田中フワウル飛球を三壘に獲られ松本投手ゴロに殪れ今村三振す、關西軍福嶋投手ゴロに殪れ松岡の飛球三壘に名を為さしめ三木死球に出づ、杉山遊撃打に出で三木二壘に刺さる。

▼第五回 宮岡三振、岡本遊撃を過らしめて出で久米死球に出で天野の二壘打に久米二壘に刺さる、今井一壘に打ち一壘の失に岡本、天野生還、橋本死球に出でゝ田中三振に終る、關西軍小寺の三壘打一壘の失に生き大山三振、西投手ゴロに殪る、萩原投手ゴロに死す。

▼第六回 松本二壘ゴロに死し、次で今村三壘飛球に斃れ宮岡同じく三壘ゴロに斃れ關西代わり攻む、桝田一壘に死し福嶋投手に飛球を獲られ次で松岡右翼に三壘ヒットを飛ばして出で續く三木遊撃ゴロに死し松岡は怨みを呑みて三振に止む。

▼第七回 岡本三壘のゴロに死し次で久米三振、天野中堅飛球に出でたるも二壘を盗壘の際捕手よりの投球にて刺され遂に五對二にて二中軍敗れたり、時に九時五十分。