明治43年(1陽会)1910年

NO1

《武陽1号》明治43年
 白駒の隙を過ぐるが如く最早四月の新學期は開かれぬ。百五十の生徒新しく入學して、武陽原は益々賑ひ、紅頬の活動の巷と化しぬ。庭櫻未だ咲かねど、春色既に峯巒に來りて、吾人をして活動せよと教ふるがものゝ如し。

 今や武陽新舊四百の健兒は其の自然に教へられ櫻はなけれど校前一條の流れは七生報國を期して、彼の河陽の武者此所の原頭の露と消えし忠臣の歴史を思ひ、櫻花の清き歴史に跡を止むる湊川を望みて、雨の夜も雪の日も、嵐の朝も孜々として勇躍猛進、以て盛名を博せむとせる健兒こそたのもしけれ。
勇士の腕を試すべき日は来れり。四月二十三日は即ち是れ。
 

明治43年4月23日(土)神戸一中
 神戸二中 000 001 020=3
 神戸一中 000 001 010=2
 

庚戌第一の凱歌
 一中二三年聯合撰手吾校二三年撰手との試合は一中校庭に開かれぬ。
 午後三時三十分を告ぐる頃、いづれ劣らぬ十八騎は、戦袍に身をかためて原頭に現はれいでたる其の雄姿
!!!吾軍先づ攻め、敵守備す。

 兩軍六戦に至るまで克く守りしかば其備巖然として抜くべからず、故に兩軍得點なけれど、六戦の幕は、兩軍の稍疲勞し始めたる頃より開かれて、松本一戞三壘に猛球を送りて生きるや、岡本の二壘打に送られて生還。
 此所に松本今日の一番槍の名譽を得たるも後續かず、脆くも井口、中村本壘に死し、岡本亦敵の為に刺されぬ。

 敵の攻撃にうつるや頗る猛烈、辛じて一點を加へて此所に同點。七戦兩軍必死の覺悟を以て戦ひたれども、遂に得る所なく八戦となるや、我軍最後の活動を開き始めぬ。

 村井の安全球戞然として飛ぶや、吾軍得たりと活動の色益々現はれ、岡本亦生き、村井捕手の失にて三壘へと進みぬ。此所に於て驍将の井口應援隊より起こる歓呼の聲に送られて、ボックスに立ちぬ。責重し。一戞球は遊撃へと飛びぬ。

 村井悠々として生還、中村亦もや右翼打に生き、岡本生還して一擧二點、吾が軍の意氣益々旺盛。冲天の慨あらむとする折しも、中村何と思ひしか不意に三壘へと猛進しぬ。

 如何せむ。中村如何に盗壘功(巧)妙なりとはいへ敵も亦守備あり。空しく三壘に屍を曝したることこそ遺憾なれ。而して最後は來り、大勢既に定まる時の苦心名状すべからず敵一點を加へて二對三九戦空しく終りぬれば、吾軍昨年の會稽の恥は雪がれたり。

 九勇士の歓喜。應援隊より奏する凱歌昨年の敗戦に嘲り笑ひし六甲の峯巒も今日は喜びて我を迎ふるが如し。應援隊撰手を圍みて萬歳を三唱す。部歌の音賞讃の聲、我耳に集まり來りたるぞ愉快なる。

 思ふに今日の勝利や、實に應援隊の功なりき。創立以来三星霜此所に本年第一回の戦に月桂冠は我手に入りぬ。あゝ喜ぶべき也。賀すべき也。
 武陽の士よ九勇士の勞を書すると共に應援隊の効を記して失する勿れ。遅々たる春光と共に上り行く新興の氣。春四月。庚戌に響く初勝の凱歌(井口稿)
 

◇第3回野球大会◇
至誠の旗庚戌の秋に翻る

 時漸く秋に入り、日毎に天は高く、人も馬も肥え行き、我等が活動すべき野球季は来たりぬ。乃ち十月二十二、三の兩日に亘りて第三回野球大會は開かれぬ。

〔第一日〕
 この日空高く一點の浮雲なく、日は朗らかに照り又なき野球日和なりき、いづれも腕鳴り肉躍る出演の勇士が、此所のベンチ彼所の木蔭にプログラムに額を鳩めて區々評議せるも見ゆ。

 軈て來賓の先生達も着席せられ、準備も整ひたれば部長の宣言の下に、大會は開かれぬ。我等が仰ぐ「至誠」の旗は喜しげに揺ぎぬ。

 第一回は一年の混合試合。拍手の中に幼き赤帽を頂ける白装の勇士シートに就く。ボールの手にあまれるにも又バットの重々しげなるにも興ぞ湧くなる。
 白軍は第一戦に一點を得、紅軍は第二回一點を得しのみにて、第三戦に至って遺憾ながら豫定の時間来りたれば同點にて勝負なく終を告ぐ。敵味方手に手に取りて嬉嬉として陣にかへれる無邪氣なる状よ。

 第二回は一、二年混合試合。校中の人氣男、自稱「丹波将軍」の意氣揚々とボックスに立ちて、三振してコソコソと入りしも愛嬌ありき。四回勝負にして二對三を以て紅軍の勝ち。

 第三回は之ぞこれ當日の大戦、三年級對二年級兩撰手の試合なりき。之は實に去る七月一日二對四を以て無念の大敗を取りし我軍の復讐戦なり。
 敵味方何れ雄しき撰手の姿。ボールを我物の如くを扱かふその様は何れが伯何れが仲か又なき好對戦なり。シートに立るゝ雄々しき健児は
 

 二 年 000 000 000=0
 三 年 000 001 10A=2
 

 (二年)   (三年)
 CF鍛 治  3B藤 野
 SS宮 岡  LF井 口
 3B阪 元   C村 井
  C松 本  1B中 村
 LF橿 村  RF茨 木
 1B建 部  2B前 川
 RF谷 川  SS 菅
 2B藤 井  CF田 中
  P岡 本   P直 木

の面々なり。
 福田、稲村兩部長の審判の下に、戦は開かれぬ。いでや勇敢なる戦況を述べむかな。
二年先攻、第一戦鍛治四球に出で二壘をとる。宮岡フライに死し、次いで阪元四球に出で、デッドボールにて三壘及び二壘に進む。

 而してワンアウト吁危ふい哉危ふい哉。殺氣早くも漲りて敵の應援盛なり。然れども我が老獪なる投手直木は益沈着。遂に松本。橿村をば三振せしめぬ。

 代って攻めし我軍藤野ファウルに井口二壘ゴロに村井三振相ついで死す。二戦。三戦。四戦。五戦。敵味方克く攻め克く防ぎ、勇士枕を竝べて戦死す。敵も味方も聲を限りに應援すれど如何にせむ戦機未だ熟せざるを。第六戦今や戦機は熟しぬ。

 進新氣鋭の勇士鍛治プレートに立つ。痛棒一揮、戞と鳴って熱球高く左翼の野に飛ぶ。敵の應援此所を先途と叫ぶ。遺恨白きボールには待ちまうけたる井口が黒きミットに呑まれぬ。宮岡、阪元相次いで死す。代って攻むる我軍先の強打に激せられて覇氣鬱勃。

 己れ一番生還せじやおくべきと、校中の第一強打手村井ボックスに立つや、滿場鳴を沈めて堅唾を呑み手に汗して見るのみ。然れども悪球又悪球、遂にこの壮漢をして痛棒を揮るはしめず、四球を以て一壘に送りぬ。

 次に中村のフライ遊撃のミスに、村井二壘に刺され、茨木のゴロに中村二壘に送られ、前川の安全球に三壘を占む而して今やツーアウトなり。菅のバンド見事に成功して遂に中村生還して一點を得たり。

 我を忘れ鳴を沈めて形勢や如何にと觀ゐたりし味方の應援隊は、今や又森の如く撼きて叫び狂せり。七戦敵は猛然と立ち克く攻めしも、克く防がれて空しく終り、更に我軍意氣大いに揚り、よく攻めて遂にフルベースとなり、村井のデッドボールに直木生還に更に一點を加ふ。
 八戦は互に空しく九戦、敵は大いに恢復に勉めたたれど、水泡に歸す。二+(プラス)A對○にて月桂冠は三年軍の頭に降り戦の幕は閉ぢられぬ。

 思ふに二年撰手の技倆は三年撰手に勝るとも劣ることなかるべし。然るに何ぞや彼の大敗したるは。氣!氣!我撰手の氣!よく彼をして大敗北せしめたるなり

 撰手を思ひ我級を愛する我應援隊亦敵の應援隊を壓倒したり。

 然るに敵の隊や如何に、形勢の否を見て忽ち秩序は亂れて又顧みず。我隊の氣亦かの隊を壓す。この撰手ありてこの彌次あり。この彌次ありてこの撰手あり。
 始めてよく彼を大敗せしめたるなり。
 この試合を以て第一日は終りたり
 福田部長「至誠」の旗を捧げて中央に立ち健兒はこれを圍みて野球部歌を歌ふ。
 「………………………
  理想の星の永久に。
  神撫山頭影さやか。
  その影清き星の下。
  至誠の思ひ鍛ふべく。
 …………………………」

 高き秋の空に恣に響き渡る健兒の歌!!!
 捧げたる旗はゆらゆらと揺きて靈ある如く、我等に至誠を告ぐ。
 見ずや
!!!健兒の理想に輝ける黒き瞳燃えたる桃色の頬。幾十の心は只一つに和して  
 高き理想の園に馳くるを。
 見ずや
!!!至誠の旗は靈ある如く喜ばしげに揺ぐを。
 歌ひ終りて解散す。
 天高き秋の日は僅かに遠き海の彼方紀州の山の端に残りしのみ。神撫山は紫に透らむ
 として。(廿二日 菊岡稿)
 

〔第二日〕
 昨夜の夢路に語りし本日の戦は愈々開かれぬ。空高くして氣清し。淋しげなる秋を語る此頃、夏を思はしめたる雑草も枯れゆきて午前八時を過る頃、運動場は既に紅顔男兒の活動の巷と化しぬ。
 一聲高き審判の聲秋天高き武陽の隅々まで響き渡りていづれ劣らぬ十八騎の槍は相摩しそめぬ。之ぞ本日劈頭の混合試合にして其の面々を記せば、

(白 軍)  (紅 軍)
 小 崎 P  大 山
 阪 元 C  奥 山
 島 田 SS 岡
 友成貞 1B 服 部
 藤 木 2B 長 屋
 泉 谷 3B 岡 部
 枡 田 LF 建部豪
 松 浦 CF 中村實
 松 本 RF 岡田元
 

 にして紅軍第一戦に於て二點を収めたるに反して、白軍得る所わづかに一。斯くして第三戦となるや、四?の同點。戦漸く熟して五戦亦兩軍一點を加へて同點となれども、時間既に豫定を過ぎむとせむとしかば、兩軍引分の宣告とは常に優勢なりし紅軍恨多かるべし。午前九時を過ること五分。三年級混合試合は菅氏審判の下に幕を開かる。

 紅白兩軍の勇士は、高き秋の空に恣に響き渡る健兒の歌
!!!
 捧げたる旗はゆらゆらと揺きて靈ある如く、我等に至誠を告ぐ。
 見ずや
!!!健兒の理想に輝ける黒き瞳燃えたる桃色の頬。
 幾十の心は只一つに和して高き理想の園に馳くるを。
 見ずや
!!!至誠の旗は靈ある如く喜ばしげに揺ぐを。
 歌ひ終りて解散す。

天高き秋の日は僅かに遠き海の彼方紀州の山の端に残りしのみ。神撫山は紫に透らむとして。(廿二日 菊岡稿)

〔第二日〕
 昨夜の夢路に語りし本日の戦は愈々開かれぬ。空高くして氣清し。淋しげなる秋を語る此頃、夏を思はしめたる雑草も枯れゆきて午前八時を過る頃、運動場は既に紅顔男兒の活動の巷と化しぬ。一聲高き審判の聲秋天高き武陽の隅々まで響き渡りていづれ劣らぬ十八騎の槍は相摩しそめぬ。之ぞ本日劈頭の混合試合にして其の面々を記せば、

(白 軍)  (紅 軍)
 小 崎  P 大 山
 阪 元  C 奥 山
 島 田 SS 岡
 友成貞 1B 服 部
 藤 木 2B 長 屋
 泉 谷 3B 岡 部
 枡 田 LF 建部豪
 松 浦 CF 中村實
 松 本 RF 岡田元

 にして紅軍第一戦に於て二點を収めたるに反して、白軍得る所わづかに一。斯くして第三戦となるや、四?の同點。戦漸く熟して五戦亦兩軍一點を加へて同點となれども、時間既に豫定を過ぎむとせむとしかば、兩軍引分の宣告とは常に優勢なりし紅軍恨多かるべし。午前九時を過ること五分。三年級混合試合は菅氏審判の下に幕を開かる。
紅白兩軍の勇士は、

(白 軍)  (紅 軍)
 丹 治  P 姫 倉
 天 野  C 團 野
 岡 村 SS 平 木
 直 井 1B 柳 瀬
 熊 野 2B 藤本麻
 泉 谷 3B 岡
 若 井 LF 藤本政
 田 尻 CF 杉 本
 岩 崎 RF 菊 岡

 之れその面々にして白軍遂に五對二にて月桂冠の榮譽を負うて悠々陣を退きぬ。思ふに白軍と其の猛打撃よく効を奏しぬ。急霰の如き喝采の裡に終りて、次に二年級混合試合は直木氏審判によりて開かる。其の撰手は、 

(白 軍)  (紅 軍)
 毛 呂  P 岡 部
 田中建  C 清 水
 磯 田 SS  泉
 五十嵐 1B 井口守
 榎 本 2B 藤 木
 岡田雄 3B 松 元
 前 田 LF 林 政
 山 西 CF 中村實
 今 井 RF 坪 田
 

 にして紅軍先攻白軍先ず陣を敷きしが、常に紅軍、白軍を壓す。第三戦に及びて遂に白軍劔折れ力盡きて、七對三の紅軍大勝利。白軍の大敗や盖し其の軍の主なる投手毛呂四死球をいだししこと多きに因りしなるべし。滑稽じみたること多き試合なりしかば参觀者をして常に笑はしめたり。