昭和60年(73陽会)1985年

NO1

◎昭和60年春季地区大会◎
〔中神戸〕
4月3日(水)神戸甲北
▽1回戦
 県兵庫 004 040 001=9
 長 田 130 010 101=7


(兵)中西、中川−藤村
(長)藤本、入江、福原−中西

4月5日(金)育英第二ほか
▽2回戦
 兵庫商 000 010 000=1
 県兵庫 100 010 00X=2


(商)唐仁原−岡田
(兵)中川−藤村

4月7日(日)育英第二
▽準決勝
 育 英 100 000 100=2
 県兵庫 000 000 13X=4


(育)森−堤
(兵)中川−藤村

4月13日(土)育英第二
▽決勝
 県兵庫 000 000 120=3
 村野工 001 411 02X=9


 ◇本塁打=原田、岩佐(村)

(兵)中川−藤村
(村)森元−原田

4月14日(日)育英第二
▽第4代表決定1回戦
 県兵庫(中神戸)000 000 002=2
 舞 子(西神戸)000 300 00X=3


(兵)中川−藤村
(舞)下土居−江田

[対県神戸高野球定期戦]
昭和60年5月17日(金)神戸市民球場
 県兵庫 300 010 030=7
 県神戸 000 000 100=1


〔評〕1回県兵庫は県神戸守備陣の混乱に乗じて3点を先取、有利に試合を進めた。一方、県神戸は県兵庫・中川投手の入念なピッチングに翻弄され6回まで0を重ねた。7回に1点を入れどうにか完封を免れたに過ぎなかった。
 県兵庫は5回に1点、8回には決定的な3点を加え文句なしの快勝。 

【第67回全国野球選手権大会兵庫予選】
◎県予選登録メンバー◎
 部長 福原  亮
 監督 上月 賢三
 投手 中川 浩二A(湊 川)
 捕手 藤村 圭祐B(兵 庫)
 一塁 木戸 一成B(小 部)
 二塁 小谷  真B(大 橋)
 三塁◎松尾 聖司B(鈴蘭台)
 遊撃 合田 亮一A(大 池)
 左翼 林   武B(駒ケ林)
 中堅 小林 正明A(大 池)
 右翼 倉本 一誠B(兵 庫)
 控  松岡 清彦B(押部谷)
 〃  中西 長武B(鵯 台)
 〃  中崎 公司B(有 馬)
 〃  飯田 直樹B( 湊 )
 〃  宗和 卓史A(吉 田)
 〃  若木 真司A(雲雀丘)
 〃  山本 浩司A(唐 櫃)
 〃  野上 康久A(駒ケ林)

昭和60年7月21日(日)神戸市民球場
▽2回戦
 明石西 000 000 000=0
 県兵庫 000 000 10X=1


 (明石西) 打安点
 C 大崎直 300
 B 池 崎 310
 G 細 見 310
 H 岡 田 310
 A 沢 井 410
 D 清 水 410
 F 池 田 300
 7 木 口 100
 E 浜 口 310
 H 正 井 100
 @ 大崎英 300
     計 3160

 (県兵庫) 打安点
 F  林  420
 C 小 谷 200
 E 合 田 300
 A 藤 村 310
 D 松 尾 200
 H 倉 本 201
 B 木 戸 310
 G 小 林 310
 @ 中 川 200
     計 2451

(明)56010100
   振球犠盗失残併
(兵)5240052

 ▽二塁打=岡田、池田、藤村、木戸 ▽2時間2分

〔評〕内容では一方的に押しまくられた兵庫だが、七回左中間二塁打の藤村をバントで送り倉本が2−3から意表をつくスクイズを投前に決めて貴重な決勝点をあげ、かろうじて逃げ切った。

 明石西は毎回のように走者を出しながら、決定打を欠いて兵庫・中川に完封されてしまった。特に四回は細見、岡田の長短打の無死二、三塁で、岡田が沢井の二ゴロで塁を飛び出して細見とともに併殺される拙攻。五、八回の無死二塁、七回二死満塁も生かせず、二ケタ残塁を記録しては敗戦もやむを得なかった。